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海外から見た、日本の伝統文化芸術

目次:

  1. 海外に住んで気づいた、日本の文化芸術
  2. 和紙のことが気になり始めた、10年目のある日
    2-1. アワガミ
    2-2. 日本での手漉き体験の思い出
  3. コロナの閉塞感が、文化芸術に目を向けさせた
    3-1. コロナとニュージーランド
    3-2. 文化的な活動の必要性
  4. 文化芸術とは何か
  5. 日本の文化芸術が海外で注目される理由
    5-1. アニメは海外でも人気
    5-2. 日本の長い歴史と文化

私は、今年で海外生活経験15年目になります。

幼い頃の5歳から3年間をドイツで過ごし、40歳を過ぎてニュージーランドに来ました。9年にも及んだ大学生活の長い休暇には、毎年のように海外旅行に出かけて行きました。世界の人々の様々な風習や考え方、習慣や文化を経験して知ること。これは、日本での常識を別の角度から冷静に見てみる良い機会です。

私にとって日本から離れることは、日本についての理解を一層強く深めるきっかけになりました。

1. 海外に住んで気づいた、日本の文化芸術

ニュージーランドは多国籍移民の国で、ヨーロッパからの移民が入植してきてまだ200年も経っていません。先住民マオリ族の文化は工芸品などに色濃く残っていてます。古い建築物は、ヨーロッパ的なものも多いところです。私が住んでいるニュージーランド最大の都市オークランドには、様々な国からの移民が住んでいます。ですから、外出すれば1日に何ヶ国語も耳にする機会があります。

このような環境なので、長い歴史の中で培われたような文化のようなものが、あまり感じられません。繊細で洗練された文化、芸術を懐かしがる日本人たちも、多くいます。日本を離れてみて、日本での常識は、海外では全く常識ではないということが、わかるのです。生活の様々な場面で、それは感じます。

もちろん日本のすべてが素晴らしいと言うつもりはありません。しかし、日本は様々な意味で素晴らしかった、と気づくのです。

周囲を見渡せば、走っている車の半分以上は日本車です。こちらは一般の人たちが車のような感覚で、船を所有しています。よく見れば船のモーターも、その多くは日本のメーカーです。最近普及し始めたエアコンも、日本のものです。近所のスーパーでは、日本酒まで手に入ります。そうやって見渡してみると日本でお馴染みの名前をよく見かけます。

では私がニュージーランドに来て10年以上経った今、なぜ急に和の文化に焦点を当てるようになったのか。その理由をお伝えしましょう。

2. 和紙のことが気になり始めた、10年目のある日

2-1. アワガミ

日常生活において、ある日突然衝撃的なことでも起きなければ、方向性など変わりようがありません。私の場合は、ニュージーランドで和紙が販売されていることを知ったことでした。

あるものを探していて、普段は気にも留めない画材屋さんのネットショップで商品を検索していました。そのときに、awagamiという文字を目にしたのです。なんだか日本語っぽいなと商品を見てみたら、日本の和紙でした。そして、このように紹介されていました。

“アワガミ ファインアートペーパー

日本では1300年以上前から伝統的な和紙が作られており、阿波紙ファクトリーの藤森家は8世代にわたって和紙を作り続けています。アワガミファクトリーでは、再生可能な天然繊維から和紙を製造しています。: 楮(こうぞ)、竹、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)、麻(あさ)などの再生可能な天然繊維を使用しています。ファインアート、インクジェット印刷、工芸品、インテリアデザイン、美術品保存のための持続可能な紙を製造しています。アワガミは、伝統的な和紙からインスピレーションを得て、現代のニーズに合った和紙を創作しています。“

2-2. 日本での手漉き体験の思い出

私は、思い出しました。徳島に住んでいた頃、アワガミファクトリーは近くにありました。子供たちと一緒に和紙の手すき体験をしたことがある、まさしくその場所でした。

また忌部という言葉に、私は再びスイッチが入ってしまったのでした。忌部とは、和紙の祖神としても知られる天日鷲命を崇め、阿波国( 徳島 ) を拓いたとされる阿波忌部族のことです。徳島にいた頃は、なぜか忌部つながりでのご縁が多くありました。

和紙のことを調べているうちに楽しくなってきて、パソコンの画面上ではありましたが、私は和紙に魅了され始めました。

3. コロナでの閉塞感が、文化芸術に目を向けさせた

3-1. コロナとニュージーランド

和紙を見つけただけは、今のように夢中になっていなかったのかもしれません。もうひとつのきっかけは、コロナでした。

ニュージーランドは当時、感染者が1人出ただけで大騒ぎとなりすぐにロックダウンになりました。子供たちは学校へ通えなくなりました。娘が外でほんの少し恋人に会っただけで、目撃した近所の人からお叱りを受けたこともあります。何ヶ月も何年も、通常ではない生活が続きました。

人と人との交流がなくなり、会話がなくなり、人間が人間らしく生きる権利まで奪われてしまったような気持ちでした。手作りを楽しむ人たちのことを批判するような記事も見かけるようになりました。それで、ハッと気づかされました。

このままではいけない、この傾向は良くないと、強く思うようになりました。

3-2. 文化的な活動の必要性

人間は人間らしく、文化と芸術が必要なのだと漠然と思い浮かびました。同時に、日本の伝統文化、芸術が衰退していく現実を目の当たりにしました。そして、コロナ騒動と重なり合いました。便利で快適で手頃なものに慣らされ過ぎてしまって、本来の人間の感覚が鈍ってしまっている。このことに、自分自身呆然としました。

私は、オンライン美術館などのオンラインがあまり好きではありません。もちろん、画面上でも機械の音源からでも、伝わってくるものはあります。でも目で直接見たり、耳で直接聞いてみないと味わえない感覚、それはとっても大切なことです。人と人とが会って話をすることも、会ってみないとわからない感覚。そのようなものは、存在するはずです。

私たちはロボットではありません。生身の、人間です。

4. 文化芸術とは、何か

文化庁のHPより、文化芸術についての記述をそのまま引用します。

文化芸術の振興の必要性

文化は、最も広くとらえると,人間が自然とのかかわりや風土の中で生まれ、育ち、身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとする暮らし、生活様式、価値観など、およそ人間と人間の生活にかかわることのすべてのことを意味するが、文化を「人間が理想を実現していくための精神活動及びその成果」という側面からとらえると、その意義については,次のように整理することができる。

(1)人間が人間らしく生きるための糧
文化は、人々に楽しさや感動、精神的な安らぎや生きる喜びをもたらし、人生を豊かにするとともに,豊かな人間性を涵かん養し,、創造力をはぐくむものである。豊かで美しい自然の中ではぐくまれてきた文化は、人間の感性を育てるものである。

(2)共に生きる社会の基盤の形成
文化は、他者に共感する心を通じて、人と人とを結び付け、相互に理解し、尊重し合う土壌を提供するものであり,人間が協働し,共生する社会の基盤となるものである

(3)質の高い経済活動の実現
文化の在り方は、経済活動に多大な影響を与えるとともに、文化そのものが新たな需要や高い付加価値を生み出し、多くの産業の発展に寄与し得るものである。

(4)人類の真の発展への貢献
科学技術や情報通信技術が急速に発展する中で、倫理観や人間の価値観にかかわる問題が生じており、人間尊重の価値観に基づく文化の側からの積極的な働き掛けにより、人類の真の発展がもたらされる。

(5)世界平和の礎
文化の交流を通じて、各国,各民族が互いの文化を理解し、尊重し、多様な文化を認め合うことにより、国境や言語、民族を超えて、人々の心が結び付けられ、世界平和の礎が築かれる。

このような文化の意義にかんがみると、文化の中核を成す芸術、メディア芸術、伝統芸能、芸能、生活文化、国民娯楽、出版物、文化財などの文化芸術は、芸術家や文化芸術団体、また、一部の愛好者だけのものではなく,すべての国民が真にゆとりと潤いの実感できる心豊かな生活を実現していく上で不可欠なものであり,この意味において、文化芸術は国民全体の社会的財産であると言える。

人間が人間らしく。私の感覚は間違っていなかったのだと、これを読んで確信しました。

「豊かで美しい自然の中で育まれてきた文化」という記述に、私も深く共感します。ニュージーランドの北島は、車を走らせても、人間が手を入れて木々を伐採した後に牧草地にされたような光景ばかりが広がっています。私はここへ来て、心の空白を埋めることができないでいました。

5. 日本の文化芸術が海外で注目される理由

5-1. アニメは海外でも人気

日本には、日本の長い歴史や自然の豊かさが育んできた、独自の伝統的な文化や芸術があります。そして日本人は、そこで培われた感性を持っています。

例えば日本のアニメ。私が子供の頃ドイツに住んでいた時は、子供向けのテレビ番組がほとんどありませんでした。一週間に一度だけ、確か日本のアニメ「小さなバイキングビッケ」が放送されていました。子供の文房具ひとつ、日本のキャラクターものは可愛くて、羨しく思っていました。私はあまり詳しくないのですが、日本のアニメはこちらでも若者に大人気だということは知っています。このようにアニメは、世界中で多くの人たちが魅了されているものの一つです。

アニメを見ていると、日本の伝統的な絵を思い浮かべます。約800年前の平安時代から鎌倉時代に描かれた絵巻物「鳥獣戯画」や、江戸時代の浮世絵のデッサンです。観察力や表現力、何とも言えない動物や人間の動きの表現に、とても心動かされます。現在のアニメも、このような日本の伝統文化、芸術の延長線上にあるものだと私は思います。

5-2. 日本の長い歴史と文化

文化や芸術の分野とは全く無縁の経歴を歩んできた私が感じていることは、日本には才能溢れる芸術家たちがたくさんいる、ということです。あまり名は知られていなくても、またプロとして活動していない人たちの中にも、心動かされて光るものを感じることが、よくあります。

日本ではその才能が埋もれてしまって、目立つことはないかもしれません。しかし一旦海外に出れば、その土地での感性が作品に加わります。「海外で認められて、名が知られるようになることがあるんだよ。」とある中国人の画商に言われたことがあります。

もっと日本の文化や芸術の素晴らしさを、日本人自身が素晴らしいと自覚した方がいいと私は思います。ここで言う日本人とは、日本の遺伝子を持っている人、ということです。(ある華族出身の方のお話によると、人類はもともと日本を原点に、世界に広がっていったそうですよ。だから、人類はみな兄弟姉妹ということのようです。)

日本人が日本人であること。そしてこのような歴史と文化があることに、自信と誇りを持って欲しいと感じています。

海外の人たちが注目するのは、異国文化としての興味だけでありません。その背後にある私たち日本人が創り出している、何か見えないもの。そこに彼らは、何か特別なものを感じ取っているからなのではないでしょうか。