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日本人だからこそ「惟神の道」

「惟神の道」とは神道の言葉で、神なさながに生きる道のことです。

目次:

  1. 惟神の道と日本人の心
  2. 決して争わず、仲良く
  3. 日本をまとめる存在
  4. 日本という国の不思議さ
  5. 「惟神の道」はどこまでも続く
  6. 未来への希望を忘れずに

1. 惟神の道と日本人の心

惟神は、かんながらと読みます。
私はつい最近まで、実はこの言葉の存在を知りませんでした。

知ったきっかけは、元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫さんのYouTubeです。馬渕さんが時々、惟神の道ということを話されています。彼はこの言葉について詳細を語らないのですが、ずっと気になっていました。

「惟神の道」は、神道の言葉です。神道は開祖がいなく、誰が作ったというものではないのだそうですね。

日本人の中には、山の神、海の神などと表現されるように、万物には神が宿るというアニミズム的な考え方が根付いています。また一昔前には、「お天道さんが見ている。」という言葉が、日常生活で当たり前のように存在していたはずです。

つまり日本人は、自然への感謝や、畏敬の念を忘れずに、自然との付き合い方にも「作法」を用いて、共存共栄の中で生きてきたのです。

2. 決して争わず、仲良く

大陸から仏教が日本に入ってきても、いつの間にか融合してしまって、今では日本の日常の一部になっています。日本に古来から存在していた神道と仏教は、本来異なるものでしょう。それが敵対しないで、上手く成り立っているのですから、考えてみれば凄いことなのだと改めて思います。

なぜ、神道には開祖がいないのでしょう。

宗教には、開祖というものがあります。誰かが、常にトップにあります。そして、トップを頂点にして皆がお願い事をします。拝みます。

現在の神道は、元々のものとは違うのではないか、というのが私の個人的な感覚です。開祖がいない自然発生的なものが元々の神道ならば、トップや組織というのは後で付けたものだというのは明らかです。

開祖がいないということは、本来、そのような組織的な構造が存在していなかったということになります。誰かれを拝む必要もないし、誰かれの言うことに従う必要もありません。拝まなければ、お利益をいただけないということもありません。

あるのは、生きていく上で大切にする必要のある、教えだけです。

なぜなら、すべては神(万物には神が宿る、もちろん人間ひとりひとりにも神が宿っている、つまりすべては神の化身)。だから、開祖も教祖も必要ありません。そして、争う必要もありません。

3. 日本をまとめる存在

だからと言って、みんながバラバラでは秩序が保てません。
ですから、天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」として日本国憲法第一条に定められています。

また、天皇は昭和21年(1946年)1月1日に「人間宣言」が発せられるまでは、神格化されていました。天皇は、現人神(あらひとがみ)と表現されていました。

恐れずに言えば、象徴なのですから、天皇だけが特別なのではありません。誰もがほぼ自覚することなくこの世を去りますが、本当は、みんな現人神なのです。

このように考えると、「惟神の道」という言葉の意味の辻褄が合います。
「惟神の道」とは、外見は人間ではあっても、神さながらに、神のように生きましょう。神の御心のまま、人為が加わらない、神さながらの表現をして、生きましょう。そのような意味なのです。

「惟神の道」とは、日本人として日本で生きる人たちが目指すべき、最高の到達点と表現されています。本来は、世界の人たち全員です。その中でも、まずは「惟神の道」という教えが文字で伝えられている日本人が世界のお手本となって、それを示さなければいけません。

4. 日本という国の不思議さ

私は、日本に生まれて良かったと思います。「惟神の道」という教えが伝えられている国です。これ以上に大切なことは、ありません。

ですから、茶道も華道も、書道、剣道、弓道、、、道がつくものすべて、神道、神への道、惟神の道に繋がっています。つまり、神のように美しい表現をしながら、真善美の神を知ってくだされよ、ということです。

道がつくものだけではありません。見るものすべての本質が同じものならば、あらゆることが、神の道に通じています。

ところで日本だけでなく、世界中には様々な名前の神々がいます。彼らは、みんな嘘なのでしょうか?いいえ、神話に出てくる神々が、なんだか人間くさいのも当然です。私たちよりも、少しだけ神さながらの表現ができた、優秀な先輩たちだからです。

だから、もし「私こそが、世界の先頭に立つべき神である。」と公言する人間が現れたら、冗談だとわかりますよね。間違っても、そうか、あの人こそが私たちを救ってくださる神様だ、なんて勘違いをしてはいけません。

また、私こそが神に近い存在だと、悟ったフリをして偉ぶる人を信用してもいけません。人間には自我があるので、酷いこともするし、様々な欲望や自己顕示欲もあります。

姿形はみな違いますが、奥の奥の本質では、みな同じ存在です。ですから自我100%で生きようとするのではなく、自分の本当の姿を発見しようとする努力が大切です。

また、最近流行ってる瞑想では、心の奥に眠っている自我ではない自分を、想うことにあります。自我ばかりで瞑想していても共鳴できないので、想いの方向をどこに向けるかが重要です。

5. 「惟神の道」はどこまでも続く

個人的なことで恐縮ですが、私はこの10年間、毎日こんなことばかり考えていました。惟神の道という言葉こそ知りませんでしたが、ある時、あることを知ったのです。知花敏彦さんという方のお話を聞いたことがきっかけです。

突然ですが
人間を創った存在を神と言うならば、神は無限でしょうか?

大抵の人は、無限と答えます。もし神が無限ならば、神も人間も存在します、というのはおかしな話になります。そうではありませんか?

最近はフェイクニュースや、また嘘が明るみになったというニュースなど、様々な情報が飛び交っています。誰もが様々な情報に騙されて、踊らされて、訳がわからない状態で、生きています。世の中、何が本当で嘘なのかよくわからずに、混乱しています。

でも、この世に人間として生まれて、今まで生きてきて、本当は、ほぼ100%の人たちが一番騙されているのはこのことなのではないか、と思うことがあります。

”私たちは、人間だと信じ込まされて生きてきた。本当は潜在的には無能な人間などではなく、神さながらの能力を持った存在なのに、そうではないと信じて生きてきてしまった。”と。

うーん、理屈ではわかっても、みんな神であるなんて真剣に言う人がいたら、確実に頭がおかしいと思われるでしょう。

6. 未来への希望を忘れずに

でももしかしたら、天動説が地動説に常識が変わったように、いつの日か、地球の常識も変わるのかもしれません。私はまだ見たことがないのですが、「チ。ー地球の運動についてー」というアニメがありますよね。今の時代にぴったりな、アニメだと思います。

例えばこんなこと聞いたら、あなたはどう思いますか。怒り出す人もいるかもしれません。

  • 癌は本当は治る病気で、恐れる必要などまったくない。
  • この社会にお金など、本当はまったく必要ない。
  • コロナは単なる、風邪。
  • 地球の内部には、地底人が住んでいる。
  • 癌については、免疫学者の安保徹先生が話されていましたよね。
  • お金中心の世界にも、変化の兆しが見え始めています。
  • コロナがただの風邪だと主張していた人たちのことを、私は最初、軽蔑の眼差しで見ていました。今では本当のことが、明るみに出てきています。
  • あの、エドワードスノーデンさんのお話です。

人間って、本当に騙されやすい生き物ですよね。

ところで、最後にここでお伝えしておきたいことがあります。

「自分とは、一体何でしょうか。」
自分とは、自らを分けたと書くと、私に教えてくれた人がいます。神自らを分けたのが、自分。なるほどなーと思います。

そして英語の私は、I アイ、愛です。

また自然とは、自ら+然り、その通り、と書きます。自然は、神そのもの。人為が加わらない、神そのものが自然です。

自然は、人間の自我のままに操り、また破壊するものではありません。自然への感謝や、畏敬の念を決して忘れてはいけません。

今回のお話は、私の中では躊躇して長年表現することを避けてきた話題ですが、誤解を恐れずに、勇気を持ってお伝えしました。